自分が最も好きなトム・ウェイツの曲の一つに『Christmas Card from a Hooker in Minneapolis』 (ミネアポリスの売春婦からのクリスマスカード)というのがある。元々はチャールズ・ブコウスキーの詩だというのが定説だが、何人もの人達が調べたところ、ブコウスキーの詩にはこういうのは見つからず、単にネット上で広まった噂だそうで、実際にトム・ウェイツが書いたとのこと。
久々にじっくり聴いてたら、何か知らんが不思議と頭の中で日本語に訳し始めてたもんで、せっかくだからここにも載せることにした。実際に歌うためじゃなくて、どこまで原詩の意味に近く訳せるかやってみた。実は一ヶ所だけ推測に頼った部分もあるが…。
ねえ、チャーリー、わたし妊娠しちゃったんだ。
9番街のユークリッド通りの外れにあるエロ本屋の上に住んでるの。
もうクスリもやめたし酒も飲んでないんだ。
旦那はトロンボーン吹きで、競馬場で汗流しながら働いてるの。彼の子じゃないの知ってるのに、わたしを愛してくれて、
自分自身の子のように育てるって言ってくれるの。
お母さんがはめてた指輪を、わたしにくれて、
毎週土曜の夜には踊りに連れてってくれるの。今でもガソリンスタンドを通り過ぎる度に、あんたのこと思い出すんだ。
まるで帽子みたいに髪にポマードつけまくってたじゃない。
あんたにもらったリトル・アンソニー & ザ・インペリアルズのレコードもまだ持ってんだ。
でも、誰かにレコードプレーヤー盗まれちゃってさ、ひどくない?マリオが捕まった時、気が狂いそうになっちゃったから、
オマハの実家に帰ってさ、家族と一緒に住むことにしたの。
でも昔の仲間はみんな死んでるか刑務所の中だったから、
ミネアポリスに戻ってさ、今度こそしばらくいることにしたの。わたしね、あの事故以来、初めて幸せのような気がするの。
クスリに使ったお金、全部貯めときゃよかったって思うんだ。
そしたらね、中古車屋を丸ごと買ってさ、でも一台も売らないの。
その時の気分によって、毎日違う車を走らせるんだ。ねえ、チャーリー、実はね、本当のこと言うとね、
旦那もトロンボーン吹きもいないの。
弁護士に払うお金を貸してほしいだけでね、
そしたらバレンタインデーには仮出所できそうなの。
やっぱ日本語にしたら、雰囲気台無しかもなぁ…。
通常自らの経験を歌にするビリー・ジョエルとは違い、「美しい旋律に酷い話が乗っかってるのが好きだ」というトム・ウェイツは『語り手』のような面が強いんで、この曲もまた作り話なんだろうと思う。初めて聴いた時はオチで思わず吹き出してしまったし、ライブでも時々聴衆からの笑い声が聞こえるが、よく考えると結構現実味が強く、悲しい詩だ。
20年以上も前の話だが、当時うちの教会の牧師だった先生から、アメリカでは最も自殺者が多いと言われるのがこの『ホリデーシーズン』だという話を聞いたことがある。
家族や友人達とのパーティやプレゼント交換、そして教会でのイベントなどで世の中が盛り上がってるその裏側には、この曲に出てくるような孤独な人が多いんだろうと思う。日本では最近、クリスマスに独りぼっちなのを『クリぼっち』とか言うらしいけど、こっちではそんな軽々しい表現なんてできないくらい、もっと深刻な問題なのかもしれない。
本来は『世の光』としてイエスがこの世に誕生したことを祝う時のはず。
独りだと思ってる人達も、愛してくれてる『誰か』がいるってことを気付いてくれるように祈りつつ。
Merry Christmas.